2006年04月11日

文庫から八景の歴史に迫る

昨日は金沢文庫・称名寺の日記を書きました。
帰宅後、周辺を調べてみたので、もうちょっと追記しようと思います。
----------------------
昨日も書いたのですが、称名寺と金沢文庫(博物館)は隣接しています。その両者はトンネルを抜けて行き来することができます。

称名寺と文庫間を結ぶトンネル.JPG

このトンネルの中に、八枚の風景画(浮世絵)が展示されています。
「八枚の風景画」でピンとくるかもしれませんが、これがまさに金沢八景の風景画なんです。

----------------------
もともとこの地は古くから景勝地だったのですが、江戸時代に訪れた明の心越禅師がその美しさを「八景」として詠んだことから、その名が付いたと言われています(能見台からの景色だとか)。
その八景とは、以下のとおりです。

・小泉夜雨(こいずみやう)
・称名晩鐘(しょうみょうばんしょう)
・乙舳帰帆(おっともきはん)
・洲崎晴嵐(すざきせいらん)
・瀬戸秋月(せとしゅうげつ)
・平潟落雁(ひらかたらくがん)
・野島夕照(のじませきしょう)
・内川暮雪(うちかわぼせつ)

それを絵画にしたのが、東海道五十三次の絵画で有名な安藤(歌川)広重。何だかよく分からないのですが、たまたま撮ってきた一枚の絵画を見てみることにします。

金沢八景「乙舳帰帆」.JPG

これは、「乙舳帰帆」です。うーん…「おっとも(乙舳)」って何だろう?調べてみるか。

ああ!ありました!横浜市金沢区乙舳町が!
シーサイドライン「野島公園(のじまこうえん)駅」のあるところが乙舳町です。港もあります。古くは久良岐郡(くらきぐん)洲崎村に属していたそうですが、周辺地区との合併などを経て、昭和50年に現在の地名になったのだとか。

夕暮れの黄昏の中、いつもの様に漁を終えた船が帰ってくる姿が「乙舳帰帆」なのでしょうね。

最後に現在の野島公園展望台からの景色です。

野島公園展望台からの景色.JPG

左奥に小さく砂浜が見えますがこれが「海の公園」、海岸線を沿って手前に歩くと、「乙舳町」と「野島公園」に着きます。写真では切れていますが、海を隔てて右奥に「八景島シーパラダイス」があります。

時空を越えて、色々なものが繋がったような気がします。
他の七景について調べてみても面白そうですね。
posted by u-taka at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ヨコハマ街あるき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/16406438

この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。